・設立理念
・活動実績
・ご利用案内
・展示・施設の案内
・ミュージアムショップ
・平和祈念公園近隣情報
・沖縄戦について
・平和学習教材 (平和学習シェアリングプロジェクト)
・資料貸し出し
・平和の発信 (児童・生徒の平和メッセージ)
・県内学校への対応
・沖縄戦戦争体験証言集 (沖縄平和学習アーカイブ)
・資料収集
・収蔵品・図書を閲覧する
・平和礎概要
・沖縄平和賞 概要
沖縄戦の戦闘経緯→慶良間列島・沖縄本島上陸→本島北部・伊江島の戦闘→ 本島中部・首里の戦闘→本島南部の戦闘→大東諸島の戦闘→宮古・八重山の戦闘
南下した米軍は、4月6日ころから首里(しゅり)の軍司令部を取り囲むように構築された宜野湾(ぎのわん)・浦添(うらそえ)一帯の守備軍陣地の前で激しい抵抗にあった。約40日以上に及ぶ一進一退の攻防戦の後に中部戦線を突破した。その後、米軍は首里城下にある軍司令部の防衛線に達し、5月11日から総攻撃を開始した。守備軍は安里のシュガーローフや運玉森などで激しく抗戦したが、5月下旬、急きょ南部へ撤退、首里は完全に占領された。